プロカメラマンへの道   指南役/柳沢雅彦

VOL.7 「芸は身を破る」って本当?

プロカメラマン志望者のための入門講座として、第一線の写真家みずからが熱く本音を語るシリーズ企画です。大好評のうちに連載1周年を迎え、2002年1月からは「~唯我独尊Q&A編」として装いも新たにスタートしました。詳しくはこちらのページをごらんください。


「芸は身を助(たす)く」という言葉がある。誰もが知っていると思うが「身についた芸さえあれば、困窮したときも暮らしの助けになる」という意味である。 しかし「芸は身の仇(あだ)」という言葉を知っている人は意外と少ないようだ。 「芸は身を破る」とも言う。すなわち、習い覚えた芸があるため、かえって身を誤ることだ。

かつて私の友人に、生来の怠け者で「オレは仕事をするのが嫌だからカメラを持って遊んでいるんだ」と豪語する者がいた。 長身でハンサムな彼は、いま人気の俳優のようにも見えた。 「地方にいると道楽息子の烙印を押されるし、実業家としての親父の顔が立たないから東京に出てきたんだ」とも言っていた。 「毎月どれくらい稼いでるの?」と聞いたら「まったくゼロ」と悪びれずに答えた。 いつもブランドもので身をつつみ派手に遊び歩いているくせに、どうやら親からの仕送りだけが頼りらしかった。

ある日そんな彼がカメラマンを辞めて実家に帰ると私に告げた。
「田舎に帰って、どうするの?」と尋ねると
「いいとこのお嬢さんと見合い結婚して、親父の会社、継ぐんだ」。
「じゃあカメラマンの仕事は?」との問いには「もちろん辞めるよ」。
写真に未練など、さらさらないようだ。そして彼は付け加えた「オレ初めから写真でメシ食っていく気なんて、まったくないよ。でも見合いの席で『現在、東京でカメラマンをやっています』って紹介されたから、ちょっとは役に立ったのかな」と。 屈託のない彼の言葉に「そうか、まあ、どこかのご令嬢と幸せになれよ」とだけ言った。

生まれ育ちのいい彼は、いわば「お坊っちゃん」で、型破りの遊び人だった。 他人を蹴落としてまで仕事をとるような卑劣なことはせず、いつも笑顔で私に話しかけてきた。会うたびにキレイな女の子をつれていた。 毎回、女の子の顔が違うので、私には不思議だった。彼がナンパするというよりも、女の子の方から言い寄ってくるような感じだった。

確かに彼が撮る女の子の写真は絶品だった。テクニックうんぬんではなく、男と女の色気が絡み合ったような、甘く、けだるい写真ばかりだった。昼さがりの情事を連想させるような一連の写真は、さながらハーレクイーンロマンスの世界。彼が撮りためたというポートレートのファイルを眺めて驚嘆したことがあった。私は「すごいね。どこかの編集部にでも持ち込めばいいのに…」と勧めた。「興味ないね」彼の返事は、そっけなかった。女の子に惚れられて撮った写真の数々。そのパワーに私は畏怖(いふ)の念さえ覚えた。

そんな彼から最近、電話で相談を受けた。かつてポートレートを撮ってあげた何人もの女の子が突如ストーカーに変身して困っているという。 昼も夜も電話攻勢が続き、中には彼の家まで押しかけて来る者もいるとか。いつも全身に自信を漂わせていた彼が、とうとう悲鳴を上げたのである。 異性にもてるがゆえにキレイな写真を撮ってきた彼が、いま人生の修羅場に追い詰められている。なんという皮肉…。「芸は身を破る」ふと、そう思った。






バックナンバーは、こちらから

VOL.1 プロカメラマンになりた~い
VOL.2 遊びながらメシを食う方法
VOL.3 写真は夢と冒険の世界
VOL.4 「感性至上主義」の嵐
VOL.5 誇り高き挑戦者たれ
VOL.6 みずからチャンスをつかめ
VOL.7  「芸は身を破る」って本当?
VOL.8  たった一度の人生だから…
VOL.9  そこまでするか!?
VOL.10 カメラマンとモデルの奇妙な関係
VOL.11 プロカメラマンのギャラは高いか?
VOL.12 夢の扉を開く上京入門







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