谷口与鹿との想い出 語り部・柳沢雅彦

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  超弩級のラスボス登場!?

 今回は男の支払える上限が100万円ですので、その範囲内で有 利に戦えるように師匠が秘策を授けてくれました。  不測の事態に巻き込まれないように祈りながら入札開始です。で きるだけ相手が緊張を緩めるように、最初の入札はオークション終 了まで1分を切ってからだと師匠から命じられていました。  与鹿のカウントダウンの声が男の耳元で響きます。 「残り30秒⋯⋯⋯⋯⋯⋯20秒⋯⋯⋯⋯⋯⋯10秒⋯⋯」 あと数秒でオークション終了というときになって「今だ!」と与鹿 は叫びました。  男が入札をクリックすると「あなたが現在の最高額入札者です」 とパソコンの画面に表示されました。と同時にオークションが競合 になったため残り時間が5分延長されました。この短い時間に相手 がどこまで喰らいついてくるか。  昨夜、入札状況をチェックすると、与鹿は男に予言しました。 「えぇ塩梅(あんばい)じゃ。このまま一騎討ちになれば、お前が 勝つぞ」と。 こっそり与鹿が男に伝授した作戦は、心理的な節目を最大限に活用 するものでした。  最初の自動入札の上限指値は1万円。それを突破されたら次は1 0万円。またしても突破されたら最後の砦は100万円。  相手の動きに合わせて自動入札の上限指値を10倍、100倍 1000倍と3回連続して吊り上げていきます。  ごく短い時間にオークションの開始価格から1000倍も入札価 格が暴騰すれば、きっと競合する強者も腰を抜かすでしょう。  いきなり与鹿の彫った金色の兎が姿を現し、心理的な節目を猛ス ピードで駆け抜けるダイナミックな戦術は天才彫り師ならではの発 案です。  聳え立つ3つの山々を軽く飛び越えてしまうようなら相手「西 遊記」に登場するモンスター孫悟空でしょう。突如そんな競合相手 が姿を見せたら、超弩級(ちょうどきゅう)のラスボス出現に、男 のほうが吃驚仰天(きっきょうぎょうてん)します。  用意した100万円を突破されてしまえば、男は潔く撤退もやむ なしです。ところが掛け軸の作者である本人は絶対に諦めないでし ょう。与鹿がオークションに不退転の決意で立ち向っているのは 以心伝心で男にもわかります。  男が激しく心を乱して金縛りにでもなれば、さすがの与鹿も堪忍 袋の緒が切れるでしょう。 「おい、何してるんだ? 100万円を越えた分は全部オレが後で 用立てって約束しただろ。 落札するまで容赦なくガンガン攻め ろ!」と。
続く

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