第18話
日向に出ている数字と
日陰に隠れている数字
くだんの掛け軸がオークションに出品され
て以来ずっと息をひそ
めて入札状況を監視してきましたが、ついにオークションは開始か
ら8日目に最終日を迎えました。7日目に一人が入札しましたが、
それ以降はどうでしょうか。
終了間際を待って、我々も「いざ出陣!」
高まる緊張と興奮を抑え、終了予定時刻の5分前に入札状況を見て
みました。幸運にも、まだ参加者は一人だけです。したがってオー
クションの開始価格のままです。あくまでも一騎討ちを望む与鹿に
とっては、願ってもない形の最終決戦になりそうです。
経験の浅い初心者だったら、かなりの期待を膨ら
ませるかもしれ
ません。でも落札できる保証なんて、まだどこにもないのです。競
い合う相手の自動入札の上限指値は一体いくらなんでしょうか。
ネットオークションには自動入札という機能があり、自分が希望
する落札額の上限を入力しておくと、競う相手が入札するたびに段
階的に価格を上げながら対抗してくれます。
四六時中パソコンやスマホと睨めっこしなくてもいいのです。相
手が自分の上限の指値を越えない限り、優先的に落札できる「先手
必勝」が保証されています。
現在の入札状況は参加者が一人だけで、開始価格の1000円の
ままですが、たとえ競合する相手が一人であっても、決して安心は
できません。日向に出ている数字と日陰に隠れている数字
⋯⋯。も
し自動入札の機能を使い上限100万円を指値していれば、もはや
男の敗北は決まっているのです。
それまで男は、いろいろなネットオークションに参加してきまし
た。入札開始とともに勇ましく飛び出して数日間ずっと先頭を走り
続けても、最終日どこからか出てきた新顔が入札価格を急騰させ、
怖くなって尻尾を巻いて逃げ出したこともあります。ゴール目前の
最終コーナーは、魔のチキンレースでした。
オークション終了の1時間前になると、いきなり複数の参加者が
乱入してきて、お祭り騒ぎが始まったこともありました。ワッショ
イワッショイお神輿を担いで坂道を駆けのぼるように、入札価格が
勇壮に吊り上げられていきます。真偽のほどは定かではありません
が、陰に隠れた黒幕が巧みに糸を引きながら何人もの忍者を使い、
好き勝手に価格を操作しているようにしか思えませんでした。
競合する相手の顔が見えないインターネットのオークションは、
お互いが疑心暗鬼の中で腹を探り合う人間ドラマです。どこかで誰
かが虎視眈々とチャンスを窺っていても、こちらからは気配を察知
できません。パソコンやスマホの画面に表示される数字を眺めなが
ら、あれこれ推理するしかないのです。オークションが終わってみ
ないと全体像は見えてきません。
© Masahiko Yanagisawa / SPORTS CREATE