谷口与鹿との想い出 語り部・柳沢雅彦

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  日向に出ている数字と
   日陰に隠れている数字

 くだんの掛け軸がオークションに出品され以来ずっと息をひそ めて入札状況を監視してきましたが、ついにオークションは開始か ら8日目に最終日を迎えました。7日目に一人が入札しましたが、 それ以降はどうでしょうか。  終了間際を待って、我々も「いざ出陣!」 高まる緊張と興奮を抑え、終了予定時刻の5分前に入札状況を見て みました。幸運にも、まだ参加者は一人だけです。したがってオー クションの開始価格のままです。あくまでも一騎討ちを望む与鹿に とっては、願ってもない形の最終決戦になりそうです。  経験の浅い初心者だったら、かなりの期待を膨らかもしれ ません。でも落札できる保証なんて、まだどこにもないのです。競 い合う相手の自動入札の上限指値は一体いくらなんでしょうか。  ネットオークションには自動入札という機能があり、自分が希望 する落札額の上限を入力しておくと、競う相手が入札するたびに段 階的に価格を上げながら対抗してくれます。  四六時中パソコンやスマホと睨めっこしなくてもいいのです。相 手が自分の上限の指値を越えない限り、優先的に落札できる「先手 必勝」が保証されています。  現在の入札状況は参加者が一人だけで、開始価格の1000円の ままですが、たとえ競合する相手が一人であっても、決して安心は できません。日向に出ている数字と日陰に隠れている数字⋯⋯。も し自動入札の機能を使い上限100万円を指値していれば、もはや 男の敗北は決まっているのです。  それまで男は、いろいろなネットオークションに参加してきまし た。入札開始とともに勇ましく飛び出して数日間ずっと先頭を走り 続けても、最終日どこからか出てきた新顔が入札価格を急騰させ、 怖くなって尻尾を巻いて逃げ出したこともあります。ゴール目前の 最終コーナーは、魔のチキンレースでした。  オークション終了の1時間前になると、いきなり複数の参加者が 乱入してきて、お祭り騒ぎが始まったこともありました。ワッショ イワッショイお神輿を担いで坂道を駆けのぼるように、入札価格が 勇壮に吊り上げられていきます。真偽のほどは定かではありません が、陰に隠れた黒幕が巧みに糸を引きながら何人もの忍者を使い、 好き勝手に価格を操作しているようにしか思えませんでした。  競合する相手の顔が見えないインターネットのオークションは、 お互いが疑心暗鬼の中で腹を探り合う人間ドラマです。どこかで誰 かが虎視眈々とチャンスを窺っていても、こちらからは気配を察知 できません。パソコンやスマホの画面に表示される数字を眺めなが ら、あれこれ推理するしかないのです。オークションが終わってみ ないと全体像は見えてきません。
続く

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