谷口与鹿との想い出 語り部・柳沢雅彦

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  一騎討ちか? 複数との競り合いか?

 与鹿の掛け軸は男しか知らないはずなのに、なぜか現在すでに五 人が注目しているとパソコンの画面に表示されていたのは驚きでし た。これでは不戦勝は、まず望めません。  はたして一騎討ちになるのか、それとも複数との競り合いになる のか微妙な情勢です。期待と不安が男の胸の内で交錯しました。  お年寄りが好奇心で年代物の掛け軸を物色しているだけなのでし ょうか。それとも高山祭の至宝・谷口与鹿の直筆の作品と知って注 目しているのでしょうか。いずれにしろ誰か一人くらいは入札して くるのは覚悟しておかないと。  競合する相手がどこまで高山祭や与鹿について造詣が深いかで、 今後の展開が変わってくるでしょう。お互いに顔が見えないため、 相手の立場や懐事情もわかりません。すべてが謎なので、とにかく 相手を刺激しないようにしなければ。  毎晩寝る直前に1回だけパソコンを開き、オークションのサイト で最新の入札状況を素早くチェックします。そして異常なしを確認 するとともにログアウトして再び無関心を装います。ログインして いる時間は、いつも30秒足らず。おそらく誰ひとり男の早業を察 知できないでしょう。  なぜ1日に1回しか入札状況を見ないのかというと、閲覧回数が 多いと人気のある物件だとシステムが誤って認識してしまう可能性 があるからです。オークションのシステムは一見するとガラス張り のようですが、実際はブラックボックスのようです。  無神経に何度もオークションのサイトを閲覧していると、知らな い間に客寄せパンダの役回りを演じる羽目になりかねません。  「注目度ナンバーワン」などの表示が出てしまうと厄介です。ど こからか野次馬たちがぞろぞろ集まって来て、じわじわと価格を吊 り上げていきます。右肩上がりのベクトルは「少しでも安く落札し たい」という参加者共通の願望とは裏腹に、夢遊病者のように独り 歩きします。うっかり流れについていくと、いつしか衝動買いのゾ ーンを彷徨していたということにもなりかねません。  競い合う相手が一人だけなら指値の動きを注視しながら将棋のよ うな心理戦に持ち込めばよいのですが、群集になってくると、もは や制御不能に陥ります。欲望に駆られて走り出した群集たちは、な かなか立ち止まりません。 「どうにかして競合する相手を一人だけに絞れないものか⋯⋯」 与鹿は腕組みしながら呟きました。  できるだけ他の人たちの視野に入らないように身を潜めながら、 オークションを管理しているシステムをもすり抜けてしまおうとい う与鹿のもくろみは、籠の中の鶏を籠の外から彫ってみせたり、散 歩している犬の首の鎖を自由に動くように彫ってみせたりして祭の 見物人を仰天させた神技を男に連想させました。
続く

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