第21話
形見を受け取るための儀式
男は物事を自分に都合よく解釈したり、何でも自分の思い通りに
なると考えたことは今までの人生で一度もありませんでした。
しかし不思議なこともあるものです。なぜか今回だけはオークシ
ョンの途中経過を待つ数分間、競合する相手が自滅して棚から牡丹
餅で落札できるシーンばかり男の頭に浮かんでは消えました。もし
かしたら与鹿の催眠術にでもかかったのでしょうか。
「ピピピ、ピピピ、ピピピ
⋯⋯⋯」
競い合う相手が順番に消えてゆく物語が3話終わった頃、残り時間
をセットしてあったキッチンタイマーが5分経過のアラームを鳴ら
しました。いつ睡魔に襲われてもいいように、目覚まし時計もかね
てタイマーをセットしておいたのです。
この段階で最初の山である1万円を突破しているはずです。どん
と構えて今度は次の山の10万円を上限指値します。
マネーゲームを楽しむ余裕など一切ありません。与鹿の形見を落
札できるか、落札できないか。関心事は、それだけ。細かい値動き
に一喜一憂することなく、粛々と師匠の計画を実行するのみです。
他の人が高い指値をするたびに「高値更新されました。あなたの
入札額を超える入札がありました」と通知してくるページは鬱陶し
いので、あえてパソコンの画面に出しませんでした。
男にとってオークションは、与鹿から形見を譲り受けるための手
段あるいは儀式であって、目的ではありません。だから落札するこ
とだけに集中したいと願いました。
パソコンに男が大きく映し出していたのは、詳細な残り時間の画
面だけでした。入札終了までの残り時間が臨場感たっぷりに1秒ず
つカウントダウンされていくのです。
もし相手が男よりも高値で入札すれば、自動的に残り時間が延長
されます。たとえば最初の山の1万円が突破されれば、更に5分が
追加されます。そしたら残り時間が数秒になるのを待って、男は次
の山の10万円を上限指値します。
その10万円も突破されたら、またしても延長された時間が残り
数秒になるのを待って3つめの山の100万円を上限指値します。
男が仕掛けるタイミングは計3回だけ。これぞシンプル・イズ・ベ
ストの極みです。
© Masahiko Yanagisawa / SPORTS CREATE