谷口与鹿との想い出 語り部・柳沢雅彦

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  形見を受け取るための儀式

 男は物事を自分に都合よく解釈したり、何でも自分の思い通りに なると考えたことは今までの人生で一度もありませんでした。  しかし不思議なこともあるものです。なぜか今回だけはオークシ ョンの途中経過を待つ数分間、競合する相手が自滅して棚から牡丹 餅で落札できるシーンばかり男の頭に浮かんでは消えました。もし かしたら与鹿の催眠術にでもかかったのでしょうか。 「ピピピ、ピピピ、ピピピ⋯⋯⋯」 競い合う相手が順番に消えてゆく物語が3話終わった頃、残り時間 をセットしてあったキッチンタイマーが5分経過のアラームを鳴ら しました。いつ睡魔に襲われてもいいように、目覚まし時計もかね てタイマーをセットしておいたのです。  この段階で最初の山である1万円を突破しているはずです。どん と構えて今度は次の山の10万円を上限指値します。  マネーゲームを楽しむ余裕など一切ありません。与鹿の形見を落 札できるか、落札できないか。関心事は、それだけ。細かい値動き に一喜一憂することなく、粛々と師匠の計画を実行するのみです。  他の人が高い指値をするたびに「高値更新されました。あなたの 入札額を超える入札がありました」と通知してくるページは鬱陶し いので、あえてパソコンの画面に出しませんでした。  男にとってオークションは、与鹿から形見を譲り受けるための手 段あるいは儀式であって、目的ではありません。だから落札するこ とだけに集中したいと願いました。  パソコンに男が大きく映し出していたのは、詳細な残り時間の画 面だけでした。入札終了までの残り時間が臨場感たっぷりに1秒ず つカウントダウンされていくのです。  もし相手が男よりも高値で入札すれば、自動的に残り時間が延長 されます。たとえば最初の山の1万円が突破されれば、更に5分が 追加されます。そしたら残り時間が数秒になるのを待って、男は次 の山の10万円を上限指値します。  その10万円も突破されたら、またしても延長された時間が残り 数秒になるのを待って3つめの山の100万円を上限指値します。 男が仕掛けるタイミングは計3回だけ。これぞシンプル・イズ・ベ ストの極みです。
続く

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